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大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)2994号 判決 1966年12月16日

原告 伊藤忠輝

被告 芦原義重 外一七名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告等は各自訴外関西電力株式会社に対し金三〇〇〇万円を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに第一項につき仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

一、原告は昭和四〇年六月五日訴外関西電力株式会社(以下単に関西電力という)の株式五〇〇株を取得し、その後更に同株式五〇〇株を取得し、本訴提起当時その六月前より引続き株式を有する株主に該当する者である。

二、被告等は関西電力の取締役又は元取締役であつたものであるが、いずれもその在任中の昭和三九年一一月一六日、取締役会の決議を以て、関西電力の会社財産八〇〇〇万円を不当に使用して、関西電力本社在地に従来から設立されていた株式会社関電製作所兼平工場(以下単に関電製作所という)に、資本金一億円の株式会社関電兼平製作所(以下単に関電兼平製作所という)を設立し、同年一二月二六日関電兼平製作所に対し、関西電力所有にかかる、大阪市福島区兼平町所在の土地一七三七坪(時価一億九三三四万一〇〇〇円)、建物二六棟延一三一七坪二合五勺(時価二五二九万二三〇〇円)を僅か七九八〇万円で売却した。なお兼平製作所はその後大阪変圧器株式会社と合併した。

三、関西電力は関電製作所の全株を所有している者であるところ、関電製作所はその主業務たる変圧器製造のための工場に用いていた前記土地建物を右の如く処分され、本社を大阪市西淀川区野里東二丁目一二九番に転居することを余儀なくされ、主たる業務を中止して一商事会社に転落し、その結果その株式は大巾に下落した。してみると、右株価下落による関西電力の損失は被告等の取締役会の前記決議によつて生じたものといわなければならない。

四、更に被告等は取締役会の決議を以て昭和四〇年四月三〇日その子会社たる関電産業株式会社に対し、関西電力所有の神戸市加納町所在の土地一三五〇坪(時価二億〇七三四万四〇〇〇円)を一億八二三四万円の破格の廉価で売却し、約三〇億円に上る不当貸付をなし、関西電力の資金により建築した建物を右子会社から関西電力神戸支店として、賃借する等の不合理なことを敢てしている。

五、以上の被告等の各所為は関西電力の取締役としての善良なる管理者の注意義務(商法第二五四条第三項民法第六四四条)又は忠実義務に関する規定(商法第二五四条の二)に違反するものであり、これにより関西電力に対し加えた損害は金三〇〇万円を下らないから、被告等は商法第二六六条第一項第五号に則りこれを関西電力に対し連帯して賠償すべき義務がある。

六、よつて原告は関西電力に対し本訴提起前一ケ月一七日の昭和四一年四月二六日附その頃関西電力到達の内容証明郵便(甲第一号証)を以て前記被告等の取締役としての責任を追及する訴の提起を請求した。

七、しかるに関西電力は原告の右請求ありたる日より三〇日内に右請求にかかる訴を提起しないので、原告より被告等に対し本訴に及ぶ。

八、仮に原告より関西電力に対する前記訴提起の請求がなされていないとしても、左記理由により、本訴は商法第二六七条三項により適法である。

イ  本訴は関西電力の取締役全員の責任追及の訴であるから、関西電力の会社役員の協力を求め得る可能性が極めて少いこと

ロ  前記被告等の義務違反の態容からして自己を法廷において裁くという良心は期待すべくもないこと

ハ  前記原告の関西電力に対する内容証明に対する昭和四一年五月二〇日附関西電力庶務部長前田武男から原告に対する回答書によれば、本訴を提起する意思のないことが既に明らかであること

ニ  本訴において原告が述べた被告等の処分行為は氷山の一角に過ぎない。今日只今も被告等により本件と同様の事例が次々と計画され実行されんとしている故本訴の提起が一日遅れればそれだけ会社財産が不当に処分される危険が増大する。

と述べた。

立証<省略>

被告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、株主が代表訴訟を提起するには先づ商法第二六七条第一、二項に則り会社に対し書面を以て取締役の責任を追及する訴の提起を請求することを要し、右請求のあつた日から三〇日内に会社が訴を提起しない場合に始めてみずから訴を提起することができるのであるが、原告は右手続をしていない。

二、原告が、原告より関西電力に対する商法第二六七条第一項所定の訴提起を請求した書面であるとする書面(甲第一号証)は単に関西電力の各般の業務執行につき関西電力に説明を求めた書面に過ぎない。同条所定の書面は、訴を提起すべき旨の請求、被告たるべき者の氏名、その責任発生の原因たる事実を記載しなければならないところ、原告主張の書面にはかかる記載がなされていない。

三、請求原因第八項において原告が主張する事実を以てしては、本訴が商法第二六七条第一項の期間の経過により会社に回復すべからざる損害を生ずる場合に該当するとは考え難い。

と述べた。

(証拠省略)

理由

原告が本訴提起前六月前から引続き株式を有する株主であることについては被告等の明らかに争わないところであるから民訴法第一四〇条により右事実は自白したものとみなされる。

よつて先づ、本訴の適法要件たる株主たる原告が会社に対し、取締役の責任追及の訴提起の請求をなしたか否かにつき判断するに、商法第二六七条第一項の訴提起の請求は書面を以てすることを要し、この書面には訴を提起すべき旨の請求、被告たるべき者の氏名、その責任発生の原因たる事実を記載すべきものと解されるところ、成立に争いのない甲第一号証によれば原告主張の昭和四一年四月二六日附書面は、単に原告より関西電力に対し関西電力の各般の業務執行につき説明を求めた書面にすぎず、他に書面による訴提起の請求のあつたことを認めるに足る証拠はない。

よつて進んで本訴提起につき商法第二六七条第三項の例外規定が適用さるべきか否かにつき考察する。

右条項にいわゆる「前項に定むる期間の経過によりて会社に回復すべからざる損害を生ずるおそれある場合」とは右期間の経過を待つていては取締役が会社債権の担保たるべき取締役個人の財産を隠匿するおそれないし無資力となつてしまうおそれのある場合、会社の取締役に対する債権が時効により消滅する場合又は取締役の責任解除を生ずるおそれのある場合等、これを要するに右期間の経過を待つていては当該訴において行使せんとする会社の権利自体の失効を来す場合、又は該権利の実効を期し難くなる場合をいうと解せられるところ、原告主張の請求原因第八項列挙の各事実はいずれも右の場合に該当する事実ではない。

しかし同条は右のおそれのない場合でも、既に会社が自ら訴を提起する意思なき旨を表示したときは三〇日の経過を待たず、かような意思表示の後直ちに訴を提起し得るものと解され、請求原因第八項ハの主張は、かかる主張をなさんとするものと考えられるので検討するに、前記認定の如く原告主張の書面は単なる業務執行についての質問文書に過ぎず、成立に争いのない甲第二号証によると、関西電力庶務部長訴外前田武男から同年五月二〇日右質問に対し十分と認められる回答がなされたことを認めることができるのみであり、他に関西電力が原告に対し自ら訴を提起する意思なき旨を表示したことを認めるに足る証拠はない。

ところで同条については更に、会社に請求することなく提訴し、会社が右提訴の事実を知つた後三〇日を経過した場合、提訴前の手続に関する瑕疵は治癒されると解すべきであるとの考え方があり、請求原因第八項イ、ロはかかる主張をなさんとするものの如くである。よつて考えるに、仮に関西電力において本訴提訴の事実を既に知り、且つ本件口頭弁論終結迄に三〇日を経過しているとしても、当裁判所はこれにより前記瑕疵が治癒されるとの説に左袒しないものである。その理由は左のとおりである。

(1)  同条は例外とすべきことについては同条三項の如く明文を設けておりかかる明文なくして右の如き説を引き出す根拠に乏しいこと、

(2)  問題は却下を認める必要性に乏しいか否かであるが、この場合、却下すれば、却下された株主は同条に従つて厳格な手続を踏んで再訴を提起しなければならなくなるところ、このような厳格な態度をとることも、真に会社ないし株主全体の為を思う株主にとつてはさして酷なこととは思われないのみならず、反面この訴訟を悪用せんとする者に対しては少なからぬ効果を発揮できると思われること

以上の理由により本件に対しては、商法第二六七条の提訴前の手続を不要とすべき例外規定の適用はこれをなすべきでない。

かような次第で原告の本件訴は訴提起の要件を欠いているので、本案の当否について判断するまでもなく不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井野口勤)

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